心が宝石みたいな日本人が大好きだから、ずっと日本で仕事がしたい。

スリランカでは子供の頃から日本のことを学校で勉強していました。初代大統領J・R・ジャヤワルダナと日本の深い関係や、日本語を習って、私にとって日本は憧れの国。

18年前の2002年、スリランカからいくつかの宝石を持って一人で日本に来ました。その時はお金も友達もなく、日本語ももっと下手でした。外国人なのでいろいろスリランカと生活が違うところがあって、最初はすごく大変でした。

でも、とてもびっくりしたのは、日本のお客さんがすごく優しいこと。丁寧で親切でいつもキレイ。展示会で出会ったたくさんのお客さんが、私をとても助けてくれて、ずっと忘れられないです。

だから私は決めました。心が宝石みたいな日本人が大好きだから、ずっと日本で仕事がしたい。家族も日本に呼びたいと。

今、私は日本にいて、昔スリランカで習った日本より、すこし元気がなくなってしまってるように思います。

でも、日本人の宝石を見る心は今でもずっと変わらず綺麗です。だから私の国の宝石でもう一度日本を元気にしたい。

みんなとまたお店で会えるのが、私の一番の楽しみです。そしてスリランカにみんな来てもらいたい。これからもたくさん綺麗な宝石を持ってきますから、みんなお店に見にきてくださいね。待ってます。またね。

Ceylon Gems Japan 代表

モヒディーン・ハッサン・モハメド・フセイン


宝石を学ぶことは、地球を知ること。ジュエリーを学ぶことは、人間の愚かさと賢明さとを知ること。

ハッサンに出会ったのは2010年の熱い夏。僕が宝石商として独立して8年過ぎたころでした。当時主流だったダイヤモンドジュエリーを専門に取りそろえ、かばん一つで全国を行商していたとき。

ある日お客さまから「3キャラットのスターサファイヤを探して欲しい」というオーダー。

色石は専門ではなかったので、普段からお断りしていたのですが、お得意様の熱意に押されてお探しすることに。

探しに探して友人の紹介でたどりついたのが、御徒町のスリランカ宝石店Zam Gems。
そこで店長をしていたハッサンの店にたどり着いたのです。

正直に言うと大雑把な印象のあるスリランカ人と取引するのは、当時まだ抵抗があったのですが、彼の子供のような笑顔とピュアで優しい心に魅了されてしまったのです。

それからすっかり一緒に食事や温泉に行ったりする兄弟のような付き合いに。

実はそのころの僕は経営が振るわない苦境に立たされていていて、得意なITの知識を生かして半分コンサルタントとして生計を立てていました。

そんな時、ハッサンは僕をとても心配して、夢も個性も豊かな色石の世界を教えてくれたのです。

今考えれば、経営不振の原因は景気やお客様の懐事情のせいではなく、4Cで画一に測られ、商品の要素が強くなってしまったダイヤモンドが、どこかつまらないと感じていた自分の心の問題だったのです。

 

ハッサンの故郷Sri Lankaとは”光輝く島”という意味。この兄弟がやってきた自然豊かな島国は、仏教国で、実は日本人の感覚にとても近い文化があり、さらには歴史的にとても日本と深い関係にあります。

僕はこの国の宝石とジュエリーから、世界のつながりを学ぶコミュニティを作り、僕らが生まれた日本という島国を改めて考え、お客様や仲間とともに、発見と冒険に満ちた明るい未来を一緒に開いていきたい。

そんな想いで、2020年よりハッサンの夢に再び合流して小さなお店を運営することにしました。

いつかみなさまとお店でお会いできる日を、心より楽しみにしています。

Ceylon Gems Japan マネージャー

サウラ ユーセツ

▶︎サウラのHP  https://yusetsusaura.com
▶︎サウラのTwiiter https://twitter.com/yuse2sawra